【保存版】「本当にやりたいこと」に気づく方法。

生き方を育てる知恵

「自分スペシャリスト」というキャッチフレーズで活動しているせいか、私のところには、

  • 自分が本当にやりたいことに出会いたい
  • 心から幸せだと感じられる生き方をしたい

といった方たちが、たくさんお越しになります。

 

現在(2022年時点)は、直接会ってお話しする機会は、連続クラスや継続セッションだけなので、みなさんとは、年単位でのおつきあいを続けています。

ライフステージの変化に伴う生き方の変化、ものの見方や価値観の変化に伴うライフスタイルの変化など、時間をかけておつきあいしないと見ることのできない人生のプロセスを、間近で、ずっと見届けてきました。

 

そうした体験と、「自分スペシャリスト」を意図する一人としての私自身の実体験から、「本当にやりたいこと」に出会うプロセスについて、お話ししてみます。

以下では、心の仕組みの解説を含めた洞察、具体的な方法論のご提案もしています。自分の生き方を見つめ直すタイミングを迎えている人におすすめです。

 

特に、「今まで社会のなかで、それなりに頑張って評価されてきたけれど、自分が本当は何をやりたいのか、ぴんと来ていない」という人には、すぐに試せるアイデアが見つかることと思います。

 

今までに出会った方の特徴

ヒーラーという肩書で活動していますが、うちのゲストには、一般的な意味での「生きづらさ」を抱えている人、見るからに社会生活を送るのが大変そうな人は、ほとんどいらっしゃいません。

じっくりお話を聞くと、みなさん、なかなかな体験をされています。そうした過去と、今の仕上がりのギャップに驚くばかりの方たちです。

 

ほとんどの方が、ずっと続けてきたお仕事、しかも専門分野をおもちです。多趣味でマニアックな特技をお持ちの方もいます。

総じて頭の回転が早く、実務能力・事務処理能力の高い方たちも多いように感じています。

 

 

本当は、どんな人生を望んでいますか?

なぜ最初にこんな話をしたのかというと、一人の社会人として毎日をつつがなく平穏に生きていく人生と、本当にやりたいことをして生きていく人生が、同じとは限らないから、です。

 

弊社オリジナルメソッド・心のコソ練をしばらく実践すれば、毎日をつつがなく平穏に生きていく人生は、わりとあっさり実現します。

一方で、そうした人生が「本当にやりたいことをやっている人生」かというと、人によって答えが分かれるのではないでしょうか?

 

クラスで毎月お会いする方たちや、私が受講者としてセミナーや講座に出かけたときにご一緒した方たちのなかには、社会生活を無事に送ってはいるけれど、自分が本当は何をやりたいのかがわからない、という方が一定数いらっしゃいます。

いろいろなセミナーや講座・講習で、数年にわたって自己探求を続けてきたけれど、「これだ!」というものに出会っていない、という方も、割と多いように感じています。

 

毎日を無事に、つつがなく生きていければ、もうそれで充分、何も他には望まない。

心底そう思えれば、それが、現時点での「本当に望む人生」です。

 

一方で、そうした毎日にほぼ満足していながらも、

  • 何か物足りない
  • 幸せそうに生きている人を見ると心が揺れる
  • どこか満たされない気がする

と感じているのなら、自分が本当はどんな人生を望んでいるのか、しっかりと見つめてみる必要があると思います。

 

幸せとは、「幸せに生きている」という実感。

業界でよくある、強味発見セミナーや自己探求型ワークショップの多くは、どんな職業・どんなライフスタイル・どんな生活レベルを望んでいるのかを、思考や対話から見つめていくアプローチが多いように感じています。

腰を据えて、人生や過去の体験を棚卸する、というアプローチもありますね。最近では、瞑想や座禅のエッセンスを取り入れて、心のなかの曇りを取り払うアプローチも出てきたように感じています。

あわただしい日常からしばし離れて、落ち着いた環境でご自身を見つめるのは、価値ある時間だと私は思います。

 

一方で、ふだんの日常生活で、自分が何を考え、何を感じているのか、まったく目を向けていないのであれば、非日常の環境で得た気づきやアイデアを、日常のなかに根づかせていくのは難しいでしょう。

これは、巷でよくある、「セミナーやワークショップに行ったときはテンションが上がるけど、家に帰ってきたら元通り」という現象です。

 

「本当にやりたいことをやっている人生」には、人の数だけバリエーションがあります。また、一人の人生のなかにも、ライフステージに応じて、あらゆるバリエーションがあります。

大切なのは、ライフスタイルや職業といった人生の形ではなく、「今、本当にやりたいことをやっている」という実感、自覚です。

 

実感・自覚は、感性・感性と認識であって、思考ではありません。

つまり、頭のなかでいくら「やりたいこと」を考えても、それが本当にやりたいことだとは限らない、ということです。

 

ふだんの日常生活で、感じる・察知する・味わう…といった感性・感覚がまったく機能していないのなら、自分が何に、どんな幸せを感じているのか、はっきりと自覚することは難しいしょう。

自分自身にとっての幸せを自覚できない状態で、「自分が本当にやりたいこと」に気づいたり、自分が本当に望む人生を思い描くのは、さらに難しいことだと思います。

 

感覚・感性を動かすことに、もっと真剣になってはいかが?

とあるビジネスセミナーを受講したとき、

人は、当面の困りごとや問題の解決には相応のお金を出すけれど、幸せや人生・本当にやりたいこと…といったテーマには、あまりお金を出さないものだ、

という話を聞きました。
とても納得感のある話です。

 

一方で私は、そういうお金の使い方・エネルギーの使い方をしているから、「いろんなセミナーを渡り歩いても、一向に自分のやりたいことがわからない」という現象が起こるのだな、と確信しています。

 

さっきも書きましたが、自分が何をやりたいか、自分が本当はどんなことを望んでいるか、というテーマは、感性・感覚・認識の問題です。

つまり、感じ取って味わって、自分なりに整理してはじめてわかることです。

 

そうしたスキルは、方法論や手法を教えてくれる場所では、培うことはできません。

日常のなかで、実際に感性・感覚を働かせ、それが自分にとってどんな意味をもっているのかを認識し、整理することで、少しずつ育っていくスキルです。

 

この練習を真剣にやってないから、もしくはこの練習の価値に気づいていないから、感性・感覚がいつまで経っても鈍いまま、なんです。

その結果、自分が何を感じているのか、自分でわからない状態が続いていきます。

 

 

感性・感覚・認識のスキルを磨くには、記録を残すこと。

私の前職は、システム設計とプロジェクト管理を専門とするSEです。

お客さまが口にする「要望」の奥にある、「本当にやりたいこと」を引き出して、形にする仕事を、ずっと続けてきました。

お客さまご本人が気づいていないこと、うっすら感じ取っているけれど明確に認識できていないことを、言葉と図で表現し、設計書に落とし込んでいく過程で、自然と身についてきた習慣が「記録すること」でした。

 

お客さまとどんな対話をしたのか、何を提案して、どんな感想をもらったのか。

お客さまの様子を見て、自分が何を思い、何を感じたのか。

当時から、折に触れ、記録を残してきました。
その結果、無数の対話で交わされた言葉の奥にある、お客さまの本当にやりたいことに気づき、お客さまにとって大切なポイントを逃すことなく、実現することができました。

 

頭のなかだけで、この作業をやろうとしたら、そのときの気分や感情、ノリに流されて、「核」となる部分を見逃していたと思います。

また、単に要件・要望のレベルでの記録しか残していなかったら、お客さまの心が喜ぶシステムを納品できなかったかもしれません。

要件・要望、作業項目・タスク・進捗と合わせて、感性・感覚・感触についての記録を残しておいたことが、結果的に「いい仕事」につながったと確信しています。

 

当時の習慣、そこで身につけたスキルを、今の仕事に応用し、独自のメソッドとして体系化してきました。

心のコソ練では、「本当にやりたいことを明確にして、実際にそう生きていく」ことを望む人には、とにかく記録を残すこと、をご提案しています。

 

日常のなかで、何をやったかに加え、やってみてどう感じたか、やった結果何が起きたのかを、つぶさに記録していくんです。

仕事が忙しい人は、一言・二言のメモでも構いません。

大切なのは、実際にやったことについての記録を残すこと、感情・感覚・感性・情緒に関する記録を残すことです。

 

記録を残すことを決めると、記録に残したくなるような体験が自然に増えてきます。←ここがミソ!

目で見てわかる記録があるので、一時的に気分や感情が乱れているときでも、等身大のありようを思い出して、正気に戻れます。

そして何より、今の自分が実際にやったこと・感じたこと、やってみて考えたことの「軌跡」が、あなたに、今本当に望んでいることを教えてくれます。

 

 

毎日のなかで、特に何も感じないときには…

ちなみに、日常生活に追われ、目の前のタスクに追われるだけの毎日だと、特に何かを感じたり、思ったりすることがない場合も多いでしょう。

たしかに、ルーティンワークや単純作業では感情が動かないことも多いし、かえってそのほうが、仕事を効率的に片付くかもしれません。

そうした状態に、いい・悪いはありません。
大切なのは、あなたがそうした毎日に満足しているかどうか、心に問い直してみることです。

 

その答えが「No」なら、記録する練習以前に、今の生活や時間の使い方を少しだけ変えてみる必要がありそうです。

いつもと同じ日常を機械的に繰り返す状態で、感性・感覚がほとんど反応していないのなら、どこかに「違う要素」を取り入れて、心が動く機会を作ってみましょう。

たとえば、仕事からの帰り道を少しだけ変えたり、1日5分でもいいので好きなことをする時間を作ったりするだけで、感性・感覚が動きはじめます。

 

それが面倒くさく感じられるときは、疲れすぎている、もしくは、寒い・眠い・お腹が空いている…のいずれかです。

その場合はまず、身体の安全と安心を最低限確保するところからはじめしょう。

あまりにも疲れすぎているときに、人生の重要事項を探求するのは、あまりおすすめできません。

そういうときに思いつくのは、一番いい場合で、休息や休憩、癒しです。そのアイデアが、あなたの本当のやりたいこととリンクしているとは限りません。

感性・感覚・認識もまた、最低限、健やかな日常のなかで育まれます。

 

 

定期的にアウトプット&シェアする機会を作る。

日常のなかで、感性・感覚を働かせて、感じたことを認識して、整理する。

言葉にすると簡単ですが、この練習を自分一人の世界で続けるのは、少し難しいと思います。

そこで、私がおすすめしているのが、定期的に、アプトプットする機会・シェアする機会をもつことです。

 

私個人の事例で言えば、現在は、毎月開催している連続クラスや継続セッション、発信を続けているブログやメルマガが、アウトプット・シェアの機会になっています。

自分が参加者として、連続クラスや連続セミナーに通っているときは、そこもアウトプット・シェアの機会になります。

私の場合、主催者の立場・参加者の立場、どちらで関わっても、やっていることはかわりません。どちらも同じように、自分にとって価値ある機会になっています。

 

定期的に、アウトプット・シェアする日がやってきますから、ふだんの生活で、ネタを集めておかなければいけません。

結果的に、アウトプットしたい体験・シェアしたくなるような体験が増えてきます。

それをつぶさに記録して、誰かに話し、伝えることで、自分の気持ちを自覚することができます。

そうしたプロセスの積み重ねで、自分自身の言葉から、自分が本当は何をやりたいのか、教えてもらうことができます。

 

 

理解できなくても、やってみる気になるかどうかが大切。

本当にやりたいことを、社会のなかでどんなふうに形にしていくのかは、別の段階の話です。

とはいえ、やりたいことを明確に自覚していれば、それを実現するための手法を見つけるのは、さほど難しいことではありません。

 

この世界ではすでに、たくさんの成功者があらゆる方法を実践し、結果を残してくれています。

そのなかから、自分のやりたいことと合致するやり方を見つければいいので、ある意味、らくちんです。

 

私たちがときに、あらゆる手法やメソッドの迷路にはまるのは、自分が本当は何をしたいのか、明確に自覚していないからです。

本当に幸せに生きようと思ったら、自分の本当の望みを自覚する…というプロセスを省くことはできません。

 

自分が本当は何をしたいのか。
どんなふうに生きていきたいのか。

それを明確に自覚できると、それだけで毎日の過ごし方は根本から変わります。

 

現時点で、意味や価値が腑に落ちていなくても、「自分が本当にやりたいことを自覚する」という意図が持てるかどうか。

そのテーマに、さっさと心のアンテナを立てる気になるかどうか。

それが大切なのだと思います。

 

ここまでの文章を読んで、少しでも心が動いた方はぜひ、意図をもって、心のアンテナを立ててみてください。

今のあなたにわかることで、少しずつ、情報がやってきます。

それらをどう使っていくかは、ここまでにお話した通りです。きっと、あなたが思う以上に、楽しいプロセスになるに違いありません。

 

長い文章におつきあいくださって、ありがとうございました。

縁ある方のお役に立てますように。

 

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なおちん

なおちん

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