幸せな思い出だけをアップデートしていこう。

キセキのキセキ

最近また、双方の実家の家族と過ごす時間が増えた気がします。

これから数年のことは、自分が親の歳になったころ、とても印象深く思い出すに違いありません。

本当に微細で、過ぎたらソッコーで忘れてしまいそうな今の感覚を、書き残しておきたいと思います。

 

 

 

お義母さん、やるじゃん!

夫の実家では、一昨年、義父が亡くなり、当時83歳だった義母が一人暮らしをはじめました。

最初は、寂しさと心ぼそさで会うたび涙ぐんでいた義母ですが、義姉が足繁く通って面倒を見ていることもあり、なんとかペースが掴めてきたようです。

よく考えたら、85歳で一人暮らしを続けているなんて、ホントすごい。

 

義父は典型的な昭和一桁、義母はときに文句を言いながらも、義父の言うことにいつも従っている「ザ・昭和の母」というイメージでした。

 

一人暮らしになって、一人の女性として義母と話をしていると、今まで知らなかった一面が次々と表に出てきました。

結婚30年目にして、「うわ、お義母さんって、こういう人だったんだーーー!!」と驚くこともしばしばです。

 

一番の驚きは、今まで義母の好物だと思っていたものが、実は全然違っていたことです。

義母の口から「お父さんが勝手にそう思い込んでいただけで、私は好きでもなんでもなかったわ」という言葉を聞いたときにいは、目玉が飛び出るかと思いました。

 

義父は、器用でマメ、料理はもちろん、衣食住のあらゆることをなんでもこなす人でした。義母はすべてを任せっきりにしていたので、一人で大丈夫だろうか…と少し心配だったのですが。

義姉が週3ペースで通ってくれるうえ、「困ったら何でも声をかけてね」と言ってくれるお隣さんに、しょっちゅう駆け込んでいるようなのです。

テレビのリモコンが効かない、ガスコンロからピーピーと音が鳴る、他にもちょっとでも気になることがあると、お隣のご家族に助けてもらっていると聞きました。

「自分でやらない力」半端ねえ!(笑)

 

義母本人は「私は何もできないから…」と少し申し訳なさそうですが、傍から見ると、ある意味当然のこととして人に助けを求められるのは、すごいことだと思います。

私もそうだし、私がふだんお会いする人たちの多くは、ついつい自分でやろうとしますので。義母のように、最初っから自分でやることを放棄している姿を見ると、爽快というか、痛快です。

人はみな、守られて助けられているのだな、といつも教えてもらっています。

 

 

『奇跡のコース』をやってきてよかったな。

夫の実家とのつきあいをふり返るたび、『奇跡のコース』を実践していてよかったなあ…と思っています。

 

義父には、初期の肺がんが見つかっていたものの、進行が非常に緩やかでした。

亡くなる前年の大みそかには、「年明けの新年会は見送って、2月に入ったら食事会でもしよう」なんて話していました。

年が明け、体調チェックのために入院して、そのまま3週間で亡くなってしまいました。

義母は本当に驚いたと思います。

 

悲しく、寂しいことではありますが、長患いすることなく苦しむこともなく肉体を離れていったところに、聖霊の働きを見ました。

入院中も、心に残る温かな時間がたくさんありました。

 

コースを実践していなければ、義父の病気を嘆き悲しみ、義母や義姉が訴える病院の不備に同調して、私も文句を言っていたかもしれません。

それはそれで一つの愛情表現ですが、私は、そうじゃないものを見たかったし、感じたかった。

 

私が27歳のとき、当時51歳だった母を見送ったときには見えなかったものが、義父を見送るときには見えました。

ただただ、温かな時間だけを見ていられた点は、自分をほめてあげたいと思います。

 

 

こんなことになるなんて、1年前は想像もしていなかった。

うちの実家は…というと、1年半前の振り込め詐欺騒動をきっかけに、父に認知症の傾向があることが判明しました。

振り込め詐欺については誤解だったとわかったのですが、対話をしていると、ときどきどうも様子がおかしい。

 

組織でバリバリ働いている妹が、その機転をフル活用して動いてくれたおかげで、あっという間に施設への入居が決まりました。

 

年齢的にはまだまだ若く、認知症の症状もごく初期のもの、専門の検査機関に行かなければ見つからなかったかもしれない程度のものです。一方で、あと何年一人暮らしができるかはわからない。

忙しい仕事の傍ら、毎日父のスケジュールをフォローしていた妹が「今無理をしても続けられない」と決断してくれて、本当に感謝しています。

 

白内障の術後検診のタイミングで、父と妹に会えるのが今の楽しみになっています。

社会状況によって突然会えなくなることも多いのですが、「次に会うのを楽しみにする」ことを楽しんでいます。

 

どちらの親も、ほんの数年前まではとても元気でした。

義父は、亡くなる2ヶ月前まで台所に立って食事を作っていましたし、父は、つい最近まで1日3〜4キロは歩いていました。

それを思うと、今の状況がとても不思議です。

 

 

余白当番。

昨年の秋あたりから、「余白の時間を増やすように」というメッセージを何度か受け取っていました。

最初は、なんのことかよくわかっていなかったのですが、ひとまず通うことにしていた連続セミナーの参加を見送り、ずっと通ってきたヒーリングスクールを一旦おしまいにしました。

その他にも、「固定化」した予定はできるだけ入れないようにして、スケジュールをすっかすかに空けておきました。

 

ここにきて、なぜ「膨大な余白を作るように」と提案されたのか、よくわかります。

スケジュールをすっかすかに空けてみたら、自分が思う以上に心のゆとりができました。

忙しいときだったら最初からシャットアウトしたかもしれないことに心が開いたり、焦ったり急かしたりすることなく、義母や父のペースに合わせて動いています。

そして何より、あと何年続くかわからない家族との時間、何気ない時間の数々を、大切に味わうことができています。

 

そうした私の心の余白が、家族の時間にも余白をもたらしていることが、少しずつわかってきました。

私はずっと、忙しく生きてきました。ずっとずっと、誰かがもたらしてくれた余白に寛ぎながら、忙しさに没頭してきたのだと思います。あまりにも無意識で、今まで気がつかなかったな…

 

人生の折り返しを超えて、余白当番が回ってきたのでしょうね。

今までとは逆の当番ができて嬉しい。

引き続き、私が子として参加している家族の物語の終盤を楽しんでいこうと思います。

 

 

家族の思い出をアップデートする

結婚を機に実家から出て、もうすぐ30年になります。

ここにきて、どちらの実家の家族とも「意図的に」集まる機会が増えて、家族の思い出がアップデートされているのを感じています。

大昔の、実家で全員が暮らしていた頃の思い出だけじゃなくて、大人になってから一緒に過ごした思い出も、たくさん作っていこう。

今はそんなふうに思っています。

 

 

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なおちん

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