無意識の正解争い(1):正解探しは、心の標準機能。

シリーズ記事

心のコソ練で繰り返しご説明している「無意識の正解争い」という現象について、大切なポイントだけをシリーズ記事にまとめました。

前回の記事はこちらです↓

 

今回は、無意識の正解争い という言葉の解説をしていきます。

この記事は後日、音声でも公開する予定です。

 

 

今回の配信では、心のコソ練でよく使っている、無意識の正解争い という言葉について、お話をしていきます。

無意識の正解争いとはそもそもどういう状態か、具体的な例を挙げてお話してみますので、毎日の生活を思いだしながら聞いていただけると嬉しいです。

このお話がはじめての方は、共通認識、共通言語をつくる感覚で、お聞きになってみてください。

何度もこの話を聴いている方は、復習の機会にしてもらえると嬉しいです。

では、今日のお話をはじめます。

 

 

正解争いは、いつでも起こる。
どんなことでも起こる。

無意識の世界争いとは、頭の中で正解を探して、ぐるぐると考え続けている状態を指します。
正解を探すことで、心のなかがひたすらモヤモヤすることもあります。

どっちが正しいんだろう、
何が正解なんだろう、
どうすればいいんだろう、
誰が正しいんだろう、
私は間違っていたのかな、
あの人おかしいんじゃないの?

こんな感じで、延々と、考え続けている状態が、無意識の正解争いです。

 

一晩中、ずーっとぐるぐる考えることもあるし、時々思い出して、モヤッとすることもあります。実際のところ、どのくらいの時間考えているか、どの程度深刻に続けているかは、あまり関係ありません。

頭の中や、心のなかで、正しさについて考えているなら、それは正解争いです。

 

メディアのニュースや、ふだんの人間関係の中では、正解争いがしょっちゅう起きています。

もちろん、自分の心の中で正解争いが起こる事もあります。

 

毎日生きていると、いろんな題材で正解争が起こります。

トラブルや事件の犯人探し、問題や課題の原因究明という形で正解争いが起こることもあれば、

自分はどんなふうに生きていけばいいんだろう、これをやっていていいんだろうか?…といった感じで、

人生そのものを題材に正解争いをすることもあります。

 

ここまでのお話を聞いてみて、どうですか?

あ、あれかな?って、思い当たる節はありますか?

どのくらい、自分ごととしてピンときてますかねえ。

 

 

本人には正解争いをしている自覚がない。

他の人が正解争いをしていたり、会社や社会で正解争いが起きているときは、割と簡単に気づくことができるんです。

ところが、自分自身が正解争いをしているときには、なかなか気づかないことも多いです。

そういうときはたいてい、本人には、正解争いをしているという自覚がありません。

 

むしろ、自分は当たり前のことをしている、当然のことを言ってる、と思ってます。

そう思っていること気がついていないこともあります。

 

そして、ほとんどの場合、どちらが正しいのか、誰が正しいのか…と言った正解がわかれば、この問題は解決するし、自分の心も納得して落ち着く、と思ってます。

もっというと、正解がわかれば自分は幸せになれる、とも思っています。

そう思っていることに気づいていない場合も多いです。

 

徹底的に、無自覚。
自分が今何をやっているのか、自分で気がついていません。

ひたすら、何が正しいんだろう、誰が正しいんだろう、何が悪かったんだろう、誰が悪かったんだろう…と考えてます。
この状態が無意識の正解争いです。

ここまでのお話を聞いて、いかがですか?
どのくらい、ピンときてますか?

 

 

他人のことだとわかるのに、自分のことだと気づけない。

無意識の世界争いはなかなかに曲者です。

セミナーやワークショップで話を聞いたときには「ああ、なるほど!」ってわかるのに、毎日の生活に戻った途端、忘れてしまうことも多いです。

何度話を聞いても、自分の中で正解争いが起きている、ということになかなか気がつかない人もいます。

 

セミナーで、無意識の正解争いの話がはじまると、「ああ、そういえば、あの人、正解争いをやってる!」という話で盛り上がることも多いです。

他人の正解争いの話では盛り上がるのに、自分が正解争いをしている…という点には、まったく気づいてない人もいます。

正解争いの話がはじまると、あからさまに聞くのを拒否している、耳にシャッターが降りている、なんて人もいました。

これ、意外とあるあるです。

 

これもね、ほとんど、ご本人に自覚がないんです。
自分が何をやっているかわかっていないし、自分がどんな状態だったか覚えていない人もいると思います。

これは、ご本人の個性や性格の問題ではないんです。
いい・悪いの問題でもありません。
単に心の仕組みの問題です。

 

 

無意識の正解争いは心の標準装備。

さっとお伝えしておきますけど、私たちの心には、幸せになるのををジャマする機能が標準装備されているんです。

無意識の正解争いに気づかせないようにする、というのも、この機能の働きです。

 

無意識の正解争いに気づいたら、対処できちゃうでしょ?

対処したら、幸せになっちゃう。

だから、気づかせないように、対処できないように、ジャマしているわけです。

心にこうした機能が標準装備されている、と知っていれば、気づいたときに適切に対応することができます。

 

 

完全になくすのではなく、気づいたらやめる練習を。

無意識の正解争いは本当に厄介です。
10年以上コソ練やってる人でも、何かの拍子に、気づいたら巻き込まれたりしています。

もちろん、私も、ちょいちょいハマります。

 

なので、無意識の正解争いは、それをしないようにする…という練習ではなくて、気づいたらやめる…という練習をするのが、現実的で、有効だと思います。

練習に慣れていくと、心の中で多少正解争いが起きていても、気持ちを丸ごと持っていかれることはなくなります。

正解争いが完全になくなるわけではないので、ふりまわされなくなるだけで、十分ではないかな、と私は思います。

 

 

正解がわかれば救われる…
という幻想から離れる。

心のコソ練では、折に触れて繰り返し、手を変え品を変え、無意識の正解争いのお話をしています。

何度もお話をするのは、最初にお伝えしたように、無意識の正解争いは、幸せな人生を妨げる、本当に大きな要因だからです。

 

正解を見つければ、幸せになれる。
何が正しいのかがわかれば、幸せになれる。

こうした思いから、うまく離れるスキルを身につけることが、幸せな人生の第一歩だと、私は考えています。

 

無意識の正解争いが起こるメカニズム、そして無意識の正解争いから抜ける方法については、別の機会にお話ししています。

よかったら、引き続き、おつきあいください。

今日のお話はここまでにします。
お付き合い、ありがとうございました!

 

▼続きはこちらで。

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なおちん

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