袖振り合うも …な日常が戻ってきますように。

日誌と日記。

ランチの後、少し遠回りして八雲神社にお参りし、写真を撮っていたら、通りすがりの女性二人に話しかけられました。

干支を聞くと、亡くなった母の一歳下。
70過ぎても、すごく綺麗で元気。
たわいもない会話で盛り上がり、気がついたら鳥居の下で15分くらい話し込んでしまいました。

「初めて会った者どうしで、こんなに大笑いできるんだもの。幸せよね」
目の前で、涙流しながら笑っている女性の言葉に、ハッとしました。

…そうだよ、幸せってこういうことだよ。
すっかり忘れてた。

 

2017年5月25日 facebookの投稿より

 

facebookの過去の思い出に表示されていた投稿を見ていたら、当時の街の様子を思い出しました。

私が鎌倉に事務所を構えたころ、2017年あたりの鎌倉では、あまりメジャーじゃないお寺や神社、住民が通り道として使うようなお寺や神社で写真を撮っていると、

必ずと言っていいほど、見知らぬ地元のご婦人に話しかけられたものでした。

 

「今日は何を撮っているの?」
「あっちのほうで桜が咲いてたわよ」
ときには「こっち、こっち…」と促され、ひっそりと花が咲いている場所まで、連れていってもらったこともありました。

 

 

「ご近所だからまたお会いするかもしれないな」と思ったりもしたのですが、ほとんどが一期一会。

それでも、ほんのわずかな、それこそ数分のおしゃべりが、とても楽しく、幸せであったことをよく覚えています。

 

2年前から一人暮らしをしている夫の母を見ていると、ほんのわずかな笑顔のやりとりが、いかに人の心を明るくするのかを実感します。

お店の人が感じよくて笑顔だっただけで、義母は、ずっとずっと嬉しそうにしています。

本当に短い時間であったとしても、心を明るく整えるには十分なのだと思います。

 

この2年で「袖振り合うも他生の縁」を感じるような瞬間が、すっかりなくなってしまったように思います。

一時期は、私に話しかけてくれたような年代のご婦人たちを、街で見かけることがなかったほどです。

 

お互いにちょっと楽しくて、見知らぬ相手なのに心から笑いあえるような、そんな一瞬が街に戻ってきますように。

心から、そう思います。

何年か経った後、自分の意図が叶ったことを確認して喜べるように、今の心模様を記録しておきました。

 

 

冒頭の文章を書いた日のことは、アメブロで記事にしてあります。

内容てんこ盛りで長いのですが、お時間がある方はぜひ。

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なおちん

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