日記と日誌:2022/02/26 ひたすら断捨離の日。

日誌と日記。

…愛されていたのだな。

なにやら、謎の断捨離熱が高まっている。
昨日は、事務所から戻ったあと、手つかずになっていた段ボールや、もう使う予定のない靴の箱を片付けた。

今日は午後から、食器棚の片付け。
15年以上前、毎シーズン、果実酒やジャムを作っていたころに集めたビンの数々、もう使っていない食器の数々、たぶん飲むことのないお茶のストックを、一気に処分した。

処分しよう、と思って表に出したものたちは、過去のある一時期、我が家の日常を豊かにしてくれたものばかりだ。

 

 

かつては、イチゴやサクランボ、桃、なし、ぶどうなどを、生産農家まで買いに行っていた。

どの農家もすっかり顔なじみだから、ふつうに買った果物のほかに、売り物にできない果物やお野菜をお土産に持たせてもらえる。

当時は、食べきれない果物をジャムにして、いろいろな人におすそ分けしていたので、可愛らしいビンを見つけたら手元にとっておく習慣があった。

 

 

身体のデトックスをした際、紅茶のカフェインが身体にキツすぎるとわかって、家で飲むのをやめたが、それまでは大の紅茶好きだった。どちらの実家も、家でおいしい緑茶を淹れていたので、新婚のころから、同然のように緑茶を飲んでいた。

つい数年前までは、紅茶も緑茶も、お気に入りの茶葉を何種類もストックしていた。

 

 

使っていない食器のほとんどは、結婚した際、双方の実家や母の友人たちからもらったものだ。

今思うと本当に不思議なのだが、みんながみんな、「大きいお皿があると、人が来たときに便利だから…」といって、立派な大皿をくれるのだ。

そんなふうにして集まった大皿は10枚近くあった。

今のマンションに引っ越してからしばらくの間は、しょっちゅう人を呼んでいた。お正月には自分でおせちを作っていた。

バリエーション豊かな大皿は、晴れの日を素敵に演出してくれた。

 

可愛らしいワイングラス。
きめ細かい泡がたつ陶器のビアグラス
熱燗のおちょこ
大小さまざまな急須。

どれもみな、生活を豊かにしてくれた愛用品たちだった。

自分で買ったものもあるけれど、いただいたものも多い。

 

数年前から、食卓に直接出せるフライパンや鍋を使いはじめた。

料理を温かく食べられて、見栄えもよく、洗う食器も少なくて済む。

このスタイルに変わってから、使わないお皿がさらに増えた。

 

生活が少しずつ変わってきているのに気づいてはいたけれど、もう使わないと確信しているものを処分するのに、ずいぶんと時間がかかった。

一方で、今の食器棚を見ていると、ほとんど使わないものがその大きさや形状ゆえに、一等地に鎮座していたりして、すこぶる使い勝手が悪くなっていた。

 

よっしゃ!と腰を上げて、動き続けること半日。
食器棚の断捨離第一弾が終わった。

片付けているときは、ひたすら身体を動かしていたので無心だった。
いつもより早い時間に夕飯を終え、ひろびろとした食器棚を眺めていたら、結婚する前からのいろいろな思い出が心をよぎった。

 

学生のころから、母に連れられて、母の友人たちと顔を合わせることも多かったから、私の結婚が決まったときは、みんな大喜びしてくれた。

…で、揃いも揃って、大皿をプレゼントしてくれた(笑)

私が思う以上に、私は愛されていたのだな。
当時は、ここまで思いが至らなかった。

 

今まで出会った農家の方たちも、行きつけのお茶屋さんも、お酒屋さんも…みんなみんな、親切にしてくれた。心に残っているのは、楽しい思い出ばかりだ。

本当に愛されてきたのだな。
いろんな人から、大切にしてもらって今がある。

 

食器は処分してしまったけれど、この気持ちだけはずっと覚えておこう。

ずっとずっと愛されていた…という気づきを、今月の思い出にしよう。

 

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なおちん

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